BLOG de KATARI   

2009年06月11日

温故知新-1

WS000001.JPG 「自己信頼」 ラルフ・ウォルド・エマソン

自分の考えを「徹底的に」信じて生きているか?

160年以上読み継がれる「自己啓発の祖」・・・(表紙より)

全ての成功哲学や自己啓発書の原点がこの書に記されているのではないだろうか?時代背景や価値観が違う現在において尚十分に通用するのは、「自己信頼」という極めて本質的なテーマを明快に表現しているからに他ならない。

混沌とた時代、将来に対して何がしかの不安を持ちやすい現在に最適な一冊だと思う。エッセイとして簡潔にまとめられているのがもったいないほどの内容がある。

 

幼な子は岩山に捨てよ

牝狼の乳を飲み

鷹や狐ともに冬を越せば

力とすばやさが彼の手足となるだどう

・・・・社会は、いわば株式会社だ。全ての株主にパンを行き渡らせるために、パンを食べるものの自由と教養は放棄される。もっとも求められる美徳は順応だ。自己信頼は嫌悪される。社会はものごとの本質や創造性ではなく、名誉と習慣を愛する。一個の人間でありたいなら、社会に迎合してはならない。不滅の栄誉を得たいなら、全という名目に惑わされることなく、それが本当に善かどうかを探求する必要がある。結局のところ自分の精神の高潔さ以外に、神聖なものはない。自分自身を牢獄から解き放てば、いずれ世界の賛同を得られるだろう。・・・(本文より)

自己信頼[新訳]

 

Google

2009年05月16日

モノ?

ycar.JPG

特にECOなエントリーと言うことではなく、なんとなく「モノ」について考えたみた。と言っても常々そう思ってることなので個人的には新しい発見があるわけではない。ただ、このような(写真の)サイトを見ると物凄くはっきりと認識できる。

そもそも人が作った「モノ」はそれがどれほどの手間をかけて作られかどうかにかかわらず、いずれは「ゴミ」となる。天然のままの「モノ」木とか石とかをそのまま加工しているならゴミと表現できないかもしれないが、大方はゴミである。

そう考えると、我々は(経済社会は?)耐久年数が長いか短いかの違いこそあれ 、「いずれゴミとなるモノ」を「商品」と称して製造し、それを購入しているわけだ。身の回りにある「モノ」で例外はほとんどない。

もちろん、モノ 「自体の価値」より モノが「提供する価値」 にお金を支払っているのである。

(お金はその意味で特殊ではある)

自分にとって思い入れのあるモノでも、他人からみればガラクタと言うこともあるし・・・・

あらためて考えると「土地の値段」も概ね経済価値で評価されているので「極論すればゴミの価値」 なのか?田舎と言われる「豊かな自然に恵まれた土地」の方が安いのはありがたいのかも知れない。おそらく、健康的なライフスタイルだし、ゴミも少ないような気がするのは気のせいか?

まぁ「便利さ」という価値は少ないかもしれないが、十分に人生をエンジョイできるだろう・・・

便利さを手に入れるために、必死に仕事をして ゴミに囲まれた地価の高いエリアに住み、健康を害してしまっているとすればとても滑稽である。

本当に大切なのは「コト」として体験する。その体験のために 社会が機能するよう、グランドデザインを変更する賢人が現れない限り、「モノ」に囲まれたライフスタイルが続いてしまうのかなぁ・・・

 

 


2009年04月23日

見たいようにしか見えてないかも?

次の2つをご覧下さい。

まずはChalie Chaplin

次は龍が動いてるわけではありません。しかし、龍の目が追いかけてくるでしょう・・・(Paper dragon)

 

どうですか?

我々は「・・・なはず」という思い込みでしかモノを見てないかもしれませんね。見たいようにしか見えないのは、過去の経験が「正しいはず」という思い込みでしょうか?もちろん大方はそうかもしれませんが、たまには「正しくない」事もあるのでは?

2つの動画は「顔は鼻の部分が高いはず」というデータ(経験)が蓄積されていて、そのデータが「正しいように見ようとする」 つまり「自分に都合のよいよいうに」フィルターをかけているのでしょう・・・フィルター無しで見るには難しいですね

モノを見るだけではなく、「自分の見方、考え方」は「自分にとって都合のよい正しさかもしれません」

たまには「まったく違う見方.考え方をする」のも悪くないかも?

そうでないと見逃す「事」があるかもしれません。

 


2009年04月08日

いよいよマスターズということで

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Smile 全世界のゴルフファンがこの時期を持ちわびているかも(笑)

「ゴルフは非常に単純ではあるが、簡単ではない」:by kuu

しかし、この本を読むことで少しはゴルフの楽しみ方、更に言えばビジネスの取り組み方、誤解を覚悟して表現すれば「人生そのもの」が劇的に変化するかも知れません。

ゴルフをする人はもちろん、多少なりともゴルフを知ってるなら、あるいはスポーツをしてるなら、あるいは「何かに悩みがあるなら」 読むことをお勧めします。

新 インナーゴルフ

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2009年04月05日

何もしない方が良いかも・・・

2009momiji.jpg 経済危機克服のための「有識者会合」

特に専門家ではないので的外れかも?

しかし、どうも違う気がするなぁ・・・

人為的に長きに渡って積み重ねられた「すべての活動」が今日の社会を作ってきたのは明らかで「必ずしも専門家」の思い通りになってないだけでは?

有識者とは一体誰なんだろう?過去のどこかに「似たような条件」があったのかもしれないが、過去のどの時点にも「同じ条件」が無いのだから「これからの施策」の有効性は誰も想定することはできない。せいぜい「有識者達の期待が一致する」程度だろう。

実は圧倒的大多数の「国民」と呼ばれる、彼ら(有識者)からは「顔」が見えない人が社会を構成している。

そこには「国民」とか「一般人」とか「市民」とか「普通の人」 。。。というよな人はどこにもいない。

それぞれは「個人」として「名前もあれば顔もある」

老人も「○○さん」であって一人ひとりの人生観に基づいたライフスタイルを持っているはずだ。

 

計画経済が十分に機能しなかったのは壮大な実験によってわかっているのではないのか?

「国民はそれほど計画的に生きてるわけではないのだよ!!」

資本主義も行き詰ってきているのではないのか?

「国民はそれほど馬鹿ではないのだよ!! 」

「必要なものと、欲しいものを区別する」知恵はもう十分に持ってるいるはずだし、マスメディアに煽られるほど無能ではなく、個々人が「自分の価値」を知ってるはずだ。

時が来れば、誰にとっても最適化された社会が創出されていると考えるのは甘いのかなぁ・・・

*写真はこの時期のもみじ、桜が注目されてる春に、秋の準備を始めている。。。

こちらは昨年

 


2009年03月27日

大人って?

nekoha.JPG 先日、30代半ばの若者3人と会食をした。

彼らに初めて出会ったのが、私がまさに30代半ばで彼らはまだ学生だった。

今思えば、「失われた10年」という時代を生きてきたのかもしれない。

3人はそれぞれ、自分で人生を創造し、たくましく生きてきている。顔つきも当時とは違い「青年」になっている(その分こちらはオッサンになっているのだが・・・)

仕事に誇りを持ち、やりがいを感じているようで好印象だ。昨今の景気の悪さを理由に「業績不振を嘆いているオッサン達」とはまったく違う感性で社会を見ているのかも知れない?彼らが発している「輝いている意志」は世の中を明るく照らすことだろう。

いつの時代も「大人」は「若人の輝き」を奪ってはいけない、それどころか、彼らの輝きを増大させるべく援助すべきであろう。 描きうる最大限の夢を実現するためにはほんの少しの経験と大いなる好奇心さえあれば十分だ。「新たなる価値創造は、柔軟な思考と冒険することでのみ生まれる」。したり顔した大人の合理を笑いながら、まっすぐに突き進んで欲しい。。。

自己保身ばかり考え、将来の不安に備えてるだけで、偉そうにしてる「そこらのオッサン」と会話をしても恐らく面白くないだろう。

彼らの行く手を少しでも地ならしできる大人で在りたい。

若人に対して、年齢ではなく、生き方でリードできるのが本当の「大人」なのかも知れない・・・

 

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