ホンダの電気三輪車コンセプト 3R-C

ホンダの3R-Cもパーソナルビークル・コンセプトのひとつ。来月開催されるジュネーブ・モーターショーに先駆けて発表されました。

以前、こんな記事「HONDA UX-3」もUpしてますが、3R-C はコンセプトとは云え近未来のビーグルをイメージ出きます。

UX-3は屋外ではちょいと使いにくいどちらかと言えば屋内向けなイメージですが、3R-C程度になるとかなり使いやすそうです。環境負荷も少なそうだし、早く商品化されれば良いと思います。

これが一般道を走る他めには道交法とか安全性とか様々な規制をクリアする必要があるはずですが、「イノベーション」そのものをだと感じる「モノ」を育てていけるような社会であって欲しい。

自動車や飛行機、電車は早く移動するには良いけど「人の動きとしては早すぎる」

徒歩じゃさすがに遅い感じがあるし、走ったり、自転車では体力的に辛い(ジジィですから:w)

とするとこれくらいで「楽にゆったり移動してる感覚」が丁度良いのかも知れないなぁ・・

いずれにせよ、便利な道具と自分の身体をマッチさせながら楽しめる世の中なら嬉しい。

少なくと私には戦闘用武器は身体にマッチしない。道具はOKだけど兵器は不要、来るべき22世紀に向けてどのような社会が好ましいのか妄想しながら次世代に汚物を残す事が無いように生きていきたい。

Tagged with:
 

お休みっぽいエントリーです(w)おまけに反体制的か?

とりあえず下記のツブヤキを御覧下さい。







http://twitter.com/hirotamaki/status/9325236447

http://twitter.com/hirotamaki/status/9325420378

http://twitter.com/hirotamaki/status/9276911844


オリンピックで国母選手の服装について色々騒がしい。(服装に関してコメントするつもりはないです。というよりそんなことはどうでもいいです。)

しかし、川口「引退してもそばに」/フィギュア – バンクーバー五輪 フィギュア : nikkansports.com

五輪出場のため国籍を変更し、ロシア代表となったフィギュアスケート・ペアの川口悠子(28)

のように、今や、「国」の代表というより「個人」の意向で参加してる人達も多いのではないかな?まぁ、歴史ある国際的大イベントですから何かと事情もあるでしょう。またお金もかかるし、ここまで作り上げてきた(貢献してきた)方々に対する敬意や感謝も大切かと思います。

個人的に、好きなゴルフ業界ではスーパースター”タイガー・ウッズ”の扱いもおかしいと思う。

同時に横綱”朝青龍”の扱いも・・・

若い人達(特にトップアスリートや才能豊かなタレント)に対して、「彼/彼女達の才能を純粋に見極めるだけではなく、常識とか良識とセットでオジサン達がごちゃごちゃいう」のはどうかな?この場合、若い人達にとっては当然「古い常識」であってもしかしたら堅苦しいかも知れないし、価値観が合わないのでは?

だいたい、子どもの頃「得意科目が主要5科目」以外、つまり体育、音楽、美術みたいな分野を得意とする友達は主要5科目じゃないから、「勉強のできない奴だけど面白い、とか凄い」と評価される。そしてその才能を開花させ、一流のアスリートとして、あるいは役者、ミュージシャンという「個人で勝負」してる人達でしょう。もちろん中には生徒会長やったり文武両道の人もいるとは思いますが・・・

このような若い才能を「受け入れる器としてしての社会」であって欲しい、また同時に「若い人達には大いに自分の才能を開花させ新しい常識を作って欲しい」もしこれができないなら、ツマラン奴しかいない(品行方正で生真面目な人達?)規格化されたマラン社会になってしまう。

私個人としては「自分の信念を貫いて、ツッパって生きる人達を応援したい」それがたとえ大多数の大人が苦言を呈していようとも・・・

ただし、覚悟は必要です。開花できないと、貧乏かも知れないし、誰からも相手にされないかも知れないです(私のように:爆)

それでも「自分に正直に生きてきた経験が手に入ります」(経験者談)

こちらも参考になるかな?「大人って」

古いですが、こちらも参考にして下さい

Tagged with:
 

http://twitter.com/hirotamaki/status/8877005267

とtweetしているので補足的な意味合いを込めて記事を書くことに・・・

結論としては「リコール」という制度はとても重要であり「決して悪いことではない」といえます。しかし、残念ながら今回のトヨタの対応は不十分と言わなければならないです。もちろん「悪質な隠蔽工作」などは論外ですが、リコールは「より安全性を高める」措置として機能する事が本質です。事故により人命が失われる危険性が高い商品やサービスについては徹底した安全性の確認が必須です。

トヨタの技術者が「意図的に悪質な隠蔽をした」とは考えにくいので、結果として起きてしまったと言えるでしょう。その意味では現場で最高の仕事をしてきた方々にとってはとても辛い状況だと察します。専門家ではないので詳細は不明ですが、最近の自動車は「メカとして動く」というより「システムとして機能する」ようになっていることぐらいは想像がつきます。「メカ好きの男の子」だった(w)私でも、単純な機械なら分解したり組み立てたりしながら「経験的に不具合」を感じ取る事ぐらいはできます。しかし、膨大なコードを有するプログラムになると「不具合」は見つけにくくなるだけではなく、「全く異質の技術が必要」だということも想像に難くありません。今回のプリウスは特に最先端マシーンの部類でしょう?もしかしたら「誰もが見落とす範囲のエラー」だったのかも知れません。会見によれば(これが下手くそすぎるのですが)「感覚的な問題で大した事はない」と表現されていたかと思います。1秒にも満たない僅かな時間の「感覚」だから軽視し、メーカーとしてシステム制御するのではなく、「慣れればなんとかなるだろう」と言われた気になります。

自動車を運転するというのは、「複雑なシステム体系に支えられたマシーン」に「生身の人間が、その系の中に組み込まれ、主体的要素として振舞う」わけです。人間の身体の感覚は非常によくできたセンサーだらけなので「ちょっとした違和感」を感じ取ることができます(最近は感覚がにぶってる人が多く見受けられますが・・・)その意味では「空走してる感じを体験する」人もいる筈です。実際には制動距離なのどの点において「それほど不具合がなくても」、感覚としての「違和感」は「不安感」を生み出す原因になります。不安感を持ちながら運転するのはさすがに怖い、となれば、少なからずメーカには「お客様からのフィードバック」があったと思われます。ここで、トヨタにフィードバックを活かせる経営管理の体制が充分機能する様になっていれば「ハインリッヒの法則」ではないですが、もっと早くてを打てたのではないでしょうか?だからこそ、会見では「お客様の不安感を汲み取り、言い訳を表現しないで、理解をしてもらう説明」をした方が良かったのだと感じます。このあたりはトヨタの驕りなのか、巨大企業の複雑な組織構造の問題なのか、あるいは情報管理技術の問題なのか不明ですが、いずれにせよ後手にまわった感は否めません。

ついでに書いておくと、車のように「経験を集積して出来上がってきたマシーン」はリコールの繰り返しで「より快適で安全なマシーン」に進化するモノであり、テクノロジーのブレイクスルーを起こす観点からも「些細な事」を見落としてはならないでしょう。

これは、何もトヨタに限らず、企業であればどこでも当てはまります。「クレームこそ最大のチャンス」という格言を持ち出すまでもなく、些細な出来事やお客様の一言が経営を革新することは多く見受けられます。当然メーカーだけの話ではなく全ての企業に言えることです。「経営とは顧客の創造である」(P・F・ドラッカー)クレームとしての声が届くならまだしも「サイレントマジョリティー」と言われるお客様達は無言で去っていくことを忘れてはなりません。

Tagged with:
 

すべての仕事には必ず価値があります。たとえそれが少々怪しげなサービスを提供していようとも「対価を支払うユーザー」が存在するからには価値があると云えます。

しかし、必ずしも「社会性がある」とは限らないのです。大人の言葉では「必要悪」という都合の良い言葉まであるのですから(w)政治の世界では今とてもホットな話題が盛り上がっています(私のtwitterのTLを見てもらえば偏りがわかります)。私はどちらかと言えば「大勢」というのが好きではないので、ついつい「権力」には憤りを感じます。まぁだからこそサラリーマンには馴染めず、「独りよがりな職人仕事」を選んだのかも知れません・・・話がそれましたが、資本主義経済社会に生きる身として「お金」は大切であるということを否定はしませんが、右を見ても左を見ても「カネ、カネ、カネ・・」となんだか荒んでいるように感じます。この記事において「豊かさ」とか抽象的な話題を書くつもりではないのでこの程度にしておきます(といっても、このブロブを読んで頂いてる読者なら、なんとなくわかってもらえるかも知れません?)。本題に戻しますと、「良い」企業の存在価値として必須要素は

  • 「価値があること」
  • 「社会性があること」
  • 「喜びや夢を提供出来ること」

少なくとも、この3要素が揃わなければいくら「高収益企業」であろうとも「良い会社」とは言えないかもしれません?(少なくとも私はコンサルティングを引き受けません)もちろんその他にも「独創性や革新性」といった要素もあるでしょう、更には国際性なども必要かも知れません。しかし提示した3要素は不可欠でしょう。過去にこちらの記事で紹介した企業も良い会社の一つだと思います。

「価値がある」とは即ち「対価を支払ってもらえること」これは企業としての評価基準の根本なのかも知れません。これは説明の必要ないですね。

「社会性がある」とは、友人や知人にどんな仕事?って聞かれたときに「堂々と表現出来る」あるいは子どもに聞かれたときに「正直に教えることができる」仕事と言えばわかりやすいかも知れません。つまり「後ろめたくない」仕事でしょう。極端な例を上げておきましょう。例えば武器を製造しているとしたらどうでしょう。たぶん価値があります。しかし「堂々と」、あるいは「正直に」表現出来るでしょうか?または「法律を遵守しないヤバイ仕事」、たぶん儲かります(w)、いかがですか?堂々と表現したら馬鹿でしょう(爆)

では「喜びや夢を提供出来ること」はどうでしょう?この要素がもっとも難しいのかも知れません?先ず誰に?従業員に対して?お客様に対して?地域社会に対して?と対象の広がりがあります。先のヤバイ仕事もそこに関係する人にとっては「喜びや夢」が提供されているのかも知れませんからね?・・・

ここで、少々感動的な会社?の記事をご欄下さい。

「アホか」と言われたイベントに家族が涙する理由 一度訪れるとファンになってしまう洋菓子店 JBpress(日本ビジネスプレス)

・・・・とても商売に向いているとは言えない環境にありながら、連日多くの客でにぎわい、売り上げを伸ばしている繁盛店がある。長野県伊那市にある「菓匠Shimizu」という洋菓子店がそれだ。・・・・

いかがですか?観念的に記述するよりご理解いただけたと確信します。このお店の経営を支えているエネルギーは一体何でしょう。一言で表現すれば「使命感」と言えるかも知れません。

ただひたすら「与え続ける」

感動的です。オーナーの清水さんの生き様でしょう!!そして、この5年間で売上も3倍以上になっているのは「正しさ」の証かもしれません。もし皆様の会社が充分に売上が上がっていないなら、この3番目のテーマに「フォーカスして研ぎ澄ます」事をお勧めします。

Tagged with:
 

foursquare

gowalla

個人的には充分にわかっていないサービスではあるが、twitterとの親和性もとても良いので一応着目しておくことに・・・

foursquare,gowalla は 携帯できるデバイスのGPS機能を使って、つまり「位置情報」を利用して「なんとなく遊べる」サービスと言っておくことにします。細かい楽しみ方は脇に置いといて(というより表層的な気がするので)、本質的価値は「今、ここ」で「私○○してる」って感じでしょうか?なんとなく時間・空間を共有することで利用者達はリアルで軽くつながる雰囲気を味わうのかな?ユーザーが増えればとても刺激的なサービスになるでしょう。SNSなどのonlineでのつながりではなく、リアルに「いま、ここ」に居る人が同じサービスを使って遊んでいるのだから凄いでしょう?何がすごいかって「出会う」のです。これって応用範囲?その後の展開?色々考えられると思いますよ。

例えば・・・・・

「私今、銀座の○○Bar・・」と「オレも銀座の○○Barカウンターの左端で・・・」

ドラマみたいですか?こんなことは妄想ですかね?(w)

この会話が見知らぬ人達です。ちなみに最初のつぶやきも男です(爆)


で、経営コンサルタントしての考察をするなら、個人で利用するのではなく「B toC」ならばということですが、「街の呼び込み」とか「ビラ配り」といった極めてアナログ的な仕事を「デジタル化」出来るのではないかと・・・いくつかの条件はあるとしても(GPS機能をonにしてあるとか?) 店舗や企業が「目の前にいる見込み客にプロモーションできる」、あるいは「ごく近くにいる可能性のある人にプロモーションできる」等が考えられそうです。

どこかの誰かが「六本木の交差点にて腹減った・・・何食べようか?」とか呟くと、すかさず「交差点脇の○○では只今xxサービス中」等のお得情報が来ちゃうわけです。他にも「妄想企画」はいくらでもできますが、自分も良くわかっていないサービスなのでこれくらいにしておきます。

twitterでさえ「経営に有効活用」してる事例が少ないですが、あと数年したら様変わりするでしょうね・・・iPadもでたことだし・・

Tagged with:
 

経営コンサルタントという仕事柄 「仕組みを作る」、「制度・ルールを作る」のは当たり前に日々業務として実行している。仕組みや制度、ルールについてはあちこちに書いているが、新しめではこちらの記事の後半に書いてあるように「その時々の都合によって作られている」、もちろん一定期間は効果的に運用され狙い通りの成果を作り上げるであろう。しかし、いつまでも通用出来るとは限らない。だからこそ、「常に刷新、変化しなければならない」その意味では「変化させる仕組み」を作っておかなければいずれ老朽化し、使い物にならない時がくる。(基本的には変化とかリーダーシップがこのブログの底流に流しているので似た様な記事が多いが・・・)

日本の官僚システムは非常に緻密に組み上げられた仕組みであり、かなり強固なシステムになっていると思われる。大雑把に言えば、その基礎は「徳川時代」にはじまり、多くの人達によって細目まで緻密に、膨大な時間をかけて作られている。おまけにWW2 でもその骨格は残されている。日本のお家芸?オタク文化の集大成といっても良いかも知れない。だから、ある意味安定感があり、「誰が実務遂行してもあまり成果が変わらない」見事である。

「国の運営」という見方をすると当然ながら「巨大な仕組みが機能している」官僚システムもその一部、その他我々の日常の隅々まで「制度やルール」が浸透している。法治国家であるからこそ、またそれを遵守する事を担保されているからこそ「安定した生活」を手に入れているのである。ありがたい事である。

しかし、「仕組みやシステム」と違い、「人間は変化する」、一瞬で人が変化することもある、「男子三日会わずば刮目してみよ」とまでは言わないまでも、3年もすれば誰でも変化する。これは心身両面において間違いない。良し悪しは別にして、変化してしまう「自己」を誰しも実感として持っているはずだ。

「変化する人の集合体」が人間社会とか世間とか言われるなら「古いシステム」を使うのは無理がある。過去のどの時代よりも「変化のスピードが早い」(これは将来も言えることではあると思う)とすれば手順や手続きも「現在に適合するよう」変化させなければ「人の集合体としての意が直ちに反映しない」

「国」をテーマにすると話が大きすぎて分かりにくいかも知れないが、「家庭」の中にも(明示されているか否かはとにかく)「ルール」が存在する。昔ながらのルールを引きずって?父権的な家族も悪くはない、しかし新しい世代の「普通」をルールにした方が若い人(子ども達)には都合が良いはずだ。国でも会社でも家庭でも同じことである。

自民党内で公認の奪い合いに若手と古老が争っている、滑稽だ!

民主党内でも小沢さんの問題でふらつく議員がいるようだ、情けない!

2大政党による政党政治が効果的な時代もあったのだろう・・・しかし、今はどうなのか?

過去は権力のある機関や者が「金や情報」を握っていたかも知れないが、あるいは「金や情報」を持つことが「権力」だったのかも知れないが、今の時代は「権力機関/者」はいない(あるいは必要ではない)、せいぜいが「集合体を代表する公人/公的機関」であれば良い。

そのために最も重要なことは「普通の人」が「主体的」に「変化」に「関わる」ことだろう。今や情報が(玉石混交であるにしても)これほどまでに手軽に手に入るし、発信も出来るインフラが整備されている社会なのだから・・・誰かが何とかしてくれるではなく「自分がなんとかしよう」と行動を起こすことだ。

あなたが「何をしたいのか」を考え、その実現にふさわしい「誰か」が見つかればラッキーである、あなた自身よりも効果的だと思うなら協力すればOKだろう。もし見つからないなら「あなた自身」が行動を起せば良い。

間違っても「あなたが何を手に入れたいのか」ではない「あなたが社会に何を提供したいのか」である。

今日はこのへんで・・・

なんだか説教臭い記事になってしまった(笑)自分自身に言い聞かせてる事だから良しとしよう。

「である調」と「ですます調」の記事があるのはその時の気分を反映していると思われる。今回は「自分に」少し憤りを感じているのかも?最近余裕ないからなぁ~(爆)

ではでは・・

Tagged with:
 
Page 1 of 19123451015...最古 »