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A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

苦難にある者たちの告白 私は成功をつかむために強さを求めた。しかし謙虚を学ぶために弱さを授かった。

私は偉大なことができるように健康を求めた。しかしより善きことをするために病気を授かった。

私は幸福になるために富を求めた。しかし知恵を得るために貧困を授かった。

私は世の賞賛を得るために力を求めた。しかし神に必要とされていることを知るために無力を授かった。

私は人生を楽しむために全てのものを求めた。 しかし全てのものを楽しむために命を授かった。

求めたものはひとつも得られなかったが、願いはすべてかなえられた。

神に背く私であるのに、言い表せない祈りが答えられた。 私はだれよりも最も豊かに祝福されている

これはニューヨーク州立病院の壁に書かれた作者不明の詩です。原文もあわせて記載しています(上記は意訳です)

で、もう一つ

アントレプレナー(起業家)たる信条: BLOG de KATARI (Copy)

私は一般の人と同じであることを好まない。できるものなら、普通の人とは異なるべきでありたいし、そうなる権利もある。 安寧を求めるのではなく機会を求める。 誰かに保護されているが為に、自分をことさら卑下したり殺したりしたくはない。・・・・(続く)

古い記事を引っ張り出して何を伝えたいのかというと、

経営者は常に「自分と向き合い、社会に対して貢献を生きて欲しいと思う」からです。

しかしながら、経済優先社会では売上拡大、利益拡大、経費削減・・・と数字で表現される宿命を持っています。社会的には価値在る活動をしていても報われるとは限りません。この事は経営者に限らず農業などの一次産業といわれる業界でも同じかも知れません。価値がある、必須であるということが報われるとは限らないのです。TVのオチャラケ番組に出演する方が「ギャラ的には大きい」という事もありうるでしょう。社会のニーズが「娯楽」であればビジネスとして当然成立するわけです。しかしそれでも尚、ご自分の事業に価値があると思うなら「徹底的に社会に働きかけ」大いなる貢献を果たすのが使命ではないかと思います。

結果として上手く達成できても、出来なくても、常に自分のスペースは「立って半畳、寝て一畳、天下とっても二合半」

「経営者は孤独である」コンサルタントとしてお付き合いさせて頂いている経営者の方々が「ぼそっ」っと吐く本音、ここにこそ彼/彼女達の人生が凝縮されていると感じます。重責に耐えながら、(頭の中では)24時間365日、経営をして居る人達、まさに「経を営む」です。

2010年もあと3週間ほどになりました。年末年始は通常の業務+α な時期です。気忙しくなるこの時期にこそ、じっくりと自らの事業の振り返りと、ご自分の人生の振り返りをしておきたいものです。

ではでは。

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1 Response » to “経営者のバランス感覚 「経営者は孤独」”

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