皆様は冒険と聞いてどんなことを思い描きますか?

険しい山登りでしょうか?

深海に潜水することでしょうか?

絶壁から飛び降りることでしょうか?

・・・・

普通の人は「まずできないだろう」と思えるような事に挑む人達を冒険家というかも知れません。

「なぜ山に登るのか?」

ジョージ・マロリー – Wikipedia

「そこに山があるから(Because it is there.)」

見事な回答だと思います。しかし、

本当にそうでしょうか?上記の答えは確かにひとつの回答だと思います。ただ、登山にしろ潜水にしろ「冒険」、つまり「危険を冒す」行為の理由としては不足してるような気がします。

もし、冒険をしても「誰もそれを賞賛する事がなかったら」どうでしょう?

「スゲー危ない事やっても誰も関心を示さない」のです。それでも冒険をするのでしょうか?

大なり小なり「賞賛・承認」を期待していると考えられるのでは?

さて、今ほどメディアが発展していな頃の冒険と現在の冒険はかなり違っています。

つまり、「冒険の結果」の伝わる速さと拡がりが全く違います。昔なら「ご近所さん」に「すごいね!」と言われたレベルでも結構喜べたでしょう。しかし、今やインターネットに代表される「コミュニケーションインフラ」が整備されているので、「世界中の賞賛」を集めたくなっても不思議ではありません。

これは大自然に対して果敢にチャレンジする行為だけではなく、経済的活動や政治活動など全ての行為に当てはまります。一般人ではできない仕事をするとか、大胆な決断をするとか、・・・

だから、ますます「人の評価」を気にする時代となっている可能性があります。良し悪しは別にして、知らぬうちに「他人からの賞賛や承認」を求めすぎている危険性があります。

FBのいいね!/twitterの@、RT/ブクマ/・・・等の「他人の反応」を期待し過ぎかも知れません。

「なぜ、つぶやくのか?」→「そこにツイッターがあるからだ」

と言い切れる人はあまりいないでしょう?

「2chに書き込みするのは、かなり冒険」だった人も、「twitterならチョット冒険」程度になってると思います。

私は冒険を次のように考えています。

冒険は

「他人が成し得ないことを、自分がする」

のではなく、

「自分が今まで出来なかった事を、自分がチャレンジする」

のです。

だから本来は他人の賞賛・承認は不用なのです。

自己承認だけで充分なのです。

これが本来の冒険家なのだと

さぁ、「あなたにとって初めてのテーマにのチャレンジしましょう!あなた自身のゴールを目指して」

もし誰かに「なぜそうしたのですか?」と聞かれたら、「そうしたかったから」と答えればOKしょう!!

Enjoy your life!

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2 Responses to “いまどきの冒険事情”

  1. 川頭信之 より:

    おっしゃる通り、冒険とは、まさに「自分が今まで出来なかった事を、自分がチャレンジする」だと思います。そうだとすると、みんなが冒険家になれるということですね。

  2. kuu より:

    川頭さん、コメントありがとうございます。「自分の人生は冒険で切り開く」と思ってます。ブログ拝見しました。冒険家なんですね!!まt.ニュージーランドには博士号まであるとか!素晴らしいです。また伺いますね。コメントありがとうございました。

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