余震も続き、被災者の救出も継続的に行われています。また、原発の問題も解決していません。しかし、必ずや復旧、復興することでしょう。同時に、今回の震災から多く人が、それぞれの立場で「何か」を学んだに違いありません。ww2から奇跡的な経済成長を遂げてきた私達は、今回の出来事を「大きくパラダイムシフトを起こせる機会として活かす」必要があると思われます。災害で瓦礫の山とかしてしまった地域を元通りにするのではなく、全く新しい「取り組みを実施する地域として蘇生させる」ことを真剣に考えても良いのではないかと・・・
本記事は「素人の妄想(目次編)」として書いておきます。


「Sustainable Community(維持可能な社会)を国を上げて創出する」と決断する。

 

「固定観念・社会通念・常識を一切否定する」

過去の延長線上で復旧・復興しても意味が無いと考え、全く違うモデルを志向する必要があると考えます。現状の「全て」を徹底的に見直します。都市を作るのではありません。全く新しい「文化とそれを現す文明を創造」するのです。

変化させる観点は膨大

ソフト

国の中に「新しいコミュニティの存在」を認める法律が必要でしょう。そして「コミュニティー内で実験を行います」現行法では無理があります。何しろ現状の社会のためのルール・規則・法律です。(現状ですら制度疲労を起こしている)これらを変更せずして「新しい秩序を創造できるはずがないのです」その他にも教育・医療等の必須項目の「モデル」を変更しなければならないでしょう(後述)。観点は膨大であり、且つ「他に例となるモデルがない、あるいは参考になる成果や結果が無ければ無いほど」新しいと判断し、取り入れるべきでしょう

ハード

全く違う価値観で機能してるコミュニティーではハード面の変更は当然でしょう。「何を最優先するのか?」がもっとも重要な問いかけです。経済効率や資本主義に起因するテーマを優先してはならないと考えます。「維持可能なコミュニティには、人と自然の共生が優先」されなければならないでしょう。それでいて尚、高効率な社会を創出する必要があるなら「新たなるモデル」を考える必要があります。環境負荷をゼロにする。循環型社会のモデルを支える「ハード」が必須です。

システム

コミュニティの維持・運営・管理がスムーズに実施されなければなりません。人と人、人と物、人と事、のUI、並びにコミュニケーションスタイルが大幅に見直され、「人と自然の融和が意識されたシステム」が必要でしょう。建物や道路、住宅の設備などが従来のモデルと違う機能を持っている必要がありそうです。

経済

資本主義を根本から見直し、「生きること」そのものの価値を問いかけて新たな「主義」を取り入れる必要があるでしょう。「地域通貨の導入」、「仕事の価値の見直し」など「新たな喜び」が創出されると考えられます。この経済的な側面に「現状の片鱗でも入り込めば全ては台無し」になると思われます。国家(社会主義)が運営しようが、民間(民主主義)が運営しようが「資本主義経済社会は破綻している」と考えるべきでしょう。貨幣の持つ特質、通貨の概念などを見直す必要があります。(参考記事)

教育

現状の、生活を上手くこなすための教育ではなく、「生きることの価値」を教育の本流に据えておく必要があるでしょう。そのためには「自分とは何か?」という問いかけが徹底的に行われなればなりません。個人が社会とどの様な関係を保つ必要があるのか、この問いかけなくして「Sustainable Community」は存続できないと考えられます。深遠なテーマですが、表層を着飾った薄っぺらな教育ではなく、「人間の尊厳」「自己とは」「死生観」等においてこそパラダイムシフトが求められると考えます。結果として「自己表現」が重要感を増す気がします。生涯学習は当たり前です。

医療面

身体のケア、精神のケアは「人間が生き物」である証として十全に機能せねばなりません。そのためには医療概念そのものが変化してなければならないと考えられます。遺伝子を詳細に分析することでも、臓器をバラバラに扱うのでもなく「トータルに調和のとれたモデル」が求められるでしょう。

時間と空間に関する概念

おそらくすべての人が、強烈にいだいている(洗脳されている?)概念として「時間と空間」があります。その中に「自己の存在」を発見しているはずです。時間と空間の社会的合意そのものが現在を支えていると言っても過言ではないでしょう。このパートに深入りすると哲学的、宗教的、精神世界的(スピリチュアル)なテーマになるので控えますが、時間と空間の認識を新たにする必要があるでしょう。

 

その他にも、いくつかの重要なファクターがありますが、この記事で妄想すると、細部にまで暴走しなければならないのでここらでヤメときます。いずれにせよ、戦争でも災害でも「一気に破壊」されてしまったが故に「新たに出来ること」があります。世界中の叡智を集結させて「新しい社会実験の場を提供する」のも良いでしょう。もしかしたら、「独立した国」を想定しなければならないでしょう。国の概念そのものを見直す機会かもしれません。

被災地の皆様には心からのお見舞いを申し上げるとともに、「あらたな第一歩」を一日でも早く歩めるよう応援します。浅学非才な私ではありますが、もし、この妄想が実現するなら生涯を賭してでも実行したい。

ではでは、

Enjoy your life!!

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1 Response » to “Sustainable Community:維持可能な社会”

  1. hirotamaki より:

    pinbackが上手く機能していないので^^; 続編です。こちらも是非読んでください。脱原子力宣言を受けて http://bit.ly/eZJUTP

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