私達の「自由感」はどの様に発生するのでしょうか?

by kuu

制限が何も無かったら我々は「自由」を感じないだろう。

不自由さという制限そのものが自由を生み出す根源である事に気づいておかねばならない。

自由とはまことに厄介なしろものである。

とtumbleで適当なことを書いてますが、実際には無駄な仕事とか、やりたくない事を「実施してる時」に不自由さを感じるのではないでしょうか?真逆の場合、つまり「自分にとって価値ある事を実施してる場合」はとても自由を感じるはずです。平易に言えば「やりたい事をしている時」は自由なのです。

仮にあなたのスケジュールがアポイントでビッシリ先まで埋まっていても「あなたが望む予定」なら忙しいとは言わないでしょう。とても自由に「将来を設計している」と考えられます。もし、無駄な時間や「あなたが望まない予定」なら忙しいと表現してるかも知れません、たとえそれが「仕方のない事」であったとしてもです。このときは「不自由」を感じてしまうはずです。なにしろ「したくない事柄」なのですから!!

では、本当にあなた自身に価値ある予定とは一体どの様な「こと」なのでしょう?もしそれが明確であれば、どれほどタイトなスケジュールでも「自由」を感じられます。別の表現をすれば「充実している」と言えます。そうでないなら、「不自由を感じ」不平や不満・愚痴が多くなっているかも知れません。それは「あなたがやりたくないことを(どの様な理由であれ)、しなければならない」からです。

「何もしなくてよい自由ではなく、充実した時間を過ごす事の自由」 こそが多くの人が手にしたい人生ではないか?

このような生き方が「自由」な生き方なのではないでしょうか?(ガンジーやマザー・テレサ等使命感に生きた人達のライフスタイル?)

もし、不自由を感じているなら(充実感を感じないなら)、

  • 「本当にやりたい事はなんだろう?」
  • 「自分にとって価値ある事はなんだろう?」
  • 「自分は何をしたいんだろう?」
  • 「”それ” をしなければ一生後悔しそうな事はなんだろう?」

と立ち止まって見つめてみるとよいでしょう。そして、あなた自身が発見した「何か」を直ちに実施することをお勧めします。なぜなら明日は約束されていないのです。

少し、宣伝めいてしまいますが、成功実学では「重要なことを重要に扱う」をくどいほど強調します。もちろん「自分の人生において重要な事」です。自分自身がなすべき価値があるかどうかは、今この瞬間の過ごし方が(仕事であれ、それ以外であれ)自分の「ゴール」に向かっているかどうか、この一点に集約されます。ゴールを明確にし、ゴールを目指す行為そのものが既に自由であり、達成と言い換えることができるかも知れません。たとえ志半ばだったとしても・・・

ではでは、

Enjoy your life!!

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