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日食を見るには曇天でよかったのかもしれない。。。裸眼でも三日月のような太陽が見れるのはありがたい。晴天ならとても無理だろう。ただし、全ての影が「三日月」の形になるのも見てみたかった(笑)

自然の「法」はとても精緻ででありながら何も無理を感じさせないのは脅威ですらある。

誰もが絶対に遵守しなければ生きていくことすら困難である。それに引き換え、人間が作った「法」はその時々の為政者達が都合の良い様に作り、解釈されているのでとても無理がある。更に言えば、法を犯す事は罪になり罰を受けると言う定め。。。これとてずる賢くすり抜けて知らん顔で生きている人達も多いことだろう、見つからなければOkと言うことか??

しかし、自然の法を犯せば、必ずしっぺ返しが来る。あえて「eco」な話題をする必要もないが、環境の破壊という「罪」は必ず将来に「罰」が用意されている。大気汚染、水質の悪化・・・今のままのマインド(資本主義的マインド?)で活動を続けていけば何世代か先には極悪な環境になってしまうだろう。最もその前に浄化されるかもしれない。もちろんこの浄化作用こそが自然の法を犯した罰ということになるだろう。おまけに近代社会が開発した技術、あるいはその技術によって作り出された作品群?はあっという間に駆逐され元に戻される。自然の前ではあまりにも無力だということを実感するのかもしれない。ただ実感する前に「我という意識」すらなくなっているのか?

人間にとっての「秩序」は、自然から観ると「無秩序」

自然の「秩序の方が優先される」のは当然だろうな・・・・

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