相手の最善を望むと…

On 2018年12月6日, in 3.人生・問いかけ, by hirotamaki

人の役に立つ事は尊い。誰しもが誰かの役に立っていると思います。しかし、本当に誰かの役に立つというのは難しいです。価値観の合わない人もいるでしょう。不利益をもたらす人もいるでしょう。人間関係は複雑でかつその時々に応じても変化しています。それでも他者の存在が「自分の存在を示す」唯一の手掛かりです。他者が居なければ「あなたは居ない」のですから…。

相手の最善を望むと自分の存在は霞んでいきます。さらに言えば「相手の人生に、ほんの少しでも良き刺激を与える事」でわが身に何が起ころうとも許すことができるなら、それはもう「愛」というのかもしれません。関係が立ち消えになっても、相手が最善の人生にを手に入れるならとても素晴らしい事ではないでしょうか?とても困難なことかもしれませんが、不可能ではないことは理解できると思います。何の見返りを期待することもなく、というより、さらにひどい仕打ちを引き受ける覚悟ができているほど「役に立つ」気構えがあるという事です。

個人的には人生も後半、ここまで激しくなくても、せめて少しぐらいは誰かの役に立てるのではないかと思います。すべての人に役に立つのは無理だとしても、すべての人は誰かの役に立つはず。

ほんの短い時間でも、「良い時間だった」といつか振り返ってもらえるような人でありたいものです。特別な時間はそれほど多いわけではなく、短い何気ない時間の積み重ねが人生そのものだと思います。

楽しみましょう!

Enjoy your life !!

こちらも少し関連するかな?

 

 

この記事は関連するかも?

 

コメントをどうぞ