経営コンサルタントという仕事柄 「仕組みを作る」、「制度・ルールを作る」のは当たり前に日々業務として実行している。仕組みや制度、ルールについてはあちこちに書いているが、新しめではこちらの記事の後半に書いてあるように「その時々の都合によって作られている」、もちろん一定期間は効果的に運用され狙い通りの成果を作り上げるであろう。しかし、いつまでも通用出来るとは限らない。だからこそ、「常に刷新、変化しなければならない」その意味では「変化させる仕組み」を作っておかなければいずれ老朽化し、使い物にならない時がくる。(基本的には変化とかリーダーシップがこのブログの底流に流しているので似た様な記事が多いが・・・)

日本の官僚システムは非常に緻密に組み上げられた仕組みであり、かなり強固なシステムになっていると思われる。大雑把に言えば、その基礎は「徳川時代」にはじまり、多くの人達によって細目まで緻密に、膨大な時間をかけて作られている。おまけにWW2 でもその骨格は残されている。日本のお家芸?オタク文化の集大成といっても良いかも知れない。だから、ある意味安定感があり、「誰が実務遂行してもあまり成果が変わらない」見事である。

「国の運営」という見方をすると当然ながら「巨大な仕組みが機能している」官僚システムもその一部、その他我々の日常の隅々まで「制度やルール」が浸透している。法治国家であるからこそ、またそれを遵守する事を担保されているからこそ「安定した生活」を手に入れているのである。ありがたい事である。

しかし、「仕組みやシステム」と違い、「人間は変化する」、一瞬で人が変化することもある、「男子三日会わずば刮目してみよ」とまでは言わないまでも、3年もすれば誰でも変化する。これは心身両面において間違いない。良し悪しは別にして、変化してしまう「自己」を誰しも実感として持っているはずだ。

「変化する人の集合体」が人間社会とか世間とか言われるなら「古いシステム」を使うのは無理がある。過去のどの時代よりも「変化のスピードが早い」(これは将来も言えることではあると思う)とすれば手順や手続きも「現在に適合するよう」変化させなければ「人の集合体としての意が直ちに反映しない」

「国」をテーマにすると話が大きすぎて分かりにくいかも知れないが、「家庭」の中にも(明示されているか否かはとにかく)「ルール」が存在する。昔ながらのルールを引きずって?父権的な家族も悪くはない、しかし新しい世代の「普通」をルールにした方が若い人(子ども達)には都合が良いはずだ。国でも会社でも家庭でも同じことである。

自民党内で公認の奪い合いに若手と古老が争っている、滑稽だ!

民主党内でも小沢さんの問題でふらつく議員がいるようだ、情けない!

2大政党による政党政治が効果的な時代もあったのだろう・・・しかし、今はどうなのか?

過去は権力のある機関や者が「金や情報」を握っていたかも知れないが、あるいは「金や情報」を持つことが「権力」だったのかも知れないが、今の時代は「権力機関/者」はいない(あるいは必要ではない)、せいぜいが「集合体を代表する公人/公的機関」であれば良い。

そのために最も重要なことは「普通の人」が「主体的」に「変化」に「関わる」ことだろう。今や情報が(玉石混交であるにしても)これほどまでに手軽に手に入るし、発信も出来るインフラが整備されている社会なのだから・・・誰かが何とかしてくれるではなく「自分がなんとかしよう」と行動を起こすことだ。

あなたが「何をしたいのか」を考え、その実現にふさわしい「誰か」が見つかればラッキーである、あなた自身よりも効果的だと思うなら協力すればOKだろう。もし見つからないなら「あなた自身」が行動を起せば良い。

間違っても「あなたが何を手に入れたいのか」ではない「あなたが社会に何を提供したいのか」である。

今日はこのへんで・・・

なんだか説教臭い記事になってしまった(笑)自分自身に言い聞かせてる事だから良しとしよう。

「である調」と「ですます調」の記事があるのはその時の気分を反映していると思われる。今回は「自分に」少し憤りを感じているのかも?最近余裕ないからなぁ~(爆)

ではでは・・

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