無知の知

On 2009年10月21日, in 4.格言, 6.空のつぶやき?, by hirotamaki

有名なのでこの言葉は知ってる人も多いでしょう。細かいことはコチラWikipediaに譲るとして、

  1. 「知っていること」を知っている
  2. 「知らないこと」を知っている
  3. ここまでは「私は知ってる/知らない」と自分で表現できることなので、誰でも了解できる。

  4. 「知っていること」を知らない
  5. 「知らないこと」すら知らない

この2つはまず自覚がないので、誰でも了解できるとは言いがたい。当たり前か?

おまけに「4.知らないことすら知らない」という範囲が圧倒的に大きいというか多いこのが現実でしょう。

で、この記事で何を書きたいかというと、仕事上でも、生きる上でも、我々は「自覚できる範囲」でしか考察できないということです。

知識を積み上げも知識の山ができるだけで最終的には「無知の知」を知ることになるでしょう。

もし、あなたが「仕事で成功したい」「人生を豊かにしたい」と考えているなら、「知ること無しに行動」する事をお勧めします。

「何かを知る」ことが重要なら「知識を増やせばよいでしょう」

「何かを得る」ことが重要なら「行動を増やせばよいでしょう」

いくら考えても、「自覚できる範囲」を超えることはないのですから・・・

知識を知識のまま保有していても何も生み出しはしないのです。一昔前に「創造的破壊」という少々過激な言葉がありました。この言葉だけを知っていてもなにも現実は変わりません。「創造的破壊」という言葉通り「活動した人がいた」から現実にも変化が現れたのでしょう。

過去にそれなり事を成し遂げた人たちは、事業であれ、研究であれ、芸術、スポーツ、文化・・・どのような分野であれ「活動・実行」をした人達です。彼/彼女達はもともと知識があったのではなく、実務的に行動して手に入れてきた知識あるいはそれが昇華され知恵として価値があるのでしょう。 自らの体験によって会得した知識に価値があるのでしょう・・・。だからこそ「知ること無しに行動」する事をお勧めします。

「何かを知る」ことが重要なら「知識を増やせばよいでしょう」

「何かを得る」ことが重要なら「行動を増やせばよいでしょう」

いくら考えても、「自覚できる範囲」を超えることはないのですから・・・

知りてな見そ、見てな知りそ・・

(注)この記事は「おとな」を対象にしています。あまりの無知はやはり危険ですから(笑)

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ごちゃごちゃ理屈こねくり回すのがコンサルタントのイメージなのかもしれませんが、経営者に伝えたい事は一言

「可能性にかけろ!!」

これ以外にありません。

方法を聞きたがる人たくさんいます。「How to do」ですね。

「どうするか?」・・・実は無限にあるのです。

知ってるからコンサルタントの仕事ができるのですが(笑)

しかしこれだけでは何の役にも立たないのです。

そう、「How to be」ですね。「どう在るか」こちらのほうが重要です。

というよりこれがなければ経営者はに不向きかもしれません。もちろん、これは経営者に限らず、これから何か事を起こしたい人にも重要ですね。

テクニックも必要でしょう。知識も必要かもしれません。

しかし最も大切なのは「企業家精神」:Entrepreneurshipってやつです。勘違いしてもらいたくなのは「博打を打て」と言ってるのではありません。しかし、リーダーとは「可能性」を「決断の基準」にしている人なのです。

過去にも書いてますが、景気付けに再掲しておきます。

「FIGHT!!」

アントレプレナーシップ(起業家魂)

私は一般の人と同じであることを好まない。できるものなら、普通の人とは異なるべきでありたいし、そうなる権利もある。

安寧を求めるのではなく機会を求める。 誰かに保護されているが為に、自分をことさら卑下したり殺したりしたくはない。

夢を持ち、その実現の為に、成功する為に、また失敗する為に、あえてリスクをとる。 わずかな施しと夢を交換したりはしない。保証された人生よりは挑戦者であることを好み、気の抜けたユートピアの平穏より、成熟に邁進するスリルを選ぶ。

施 しものやちょっとした恩恵の為にプライドを失ったり、自由と交換したりしたくはない。

どんな偉い人であろうといじけはしないし、ましてや脅しなどに決して 屈したりはしない。誇り高く、恐れることなく、すっくと立つことは、自分が先祖より受け継いだ資産であり、自分の為に考え、行動し、自分で創り出した利益 をエンジョイし、そして世界に向かって胸を張ってこう言うのだ。

「俺のやった仕事を見てくれ!これがアントレプレナーと言うものだ!」と

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先日、日本経営コーチ協会のNet Radioに掲題のタイトルで話をする機会を頂きました。

かなり、独断的かもしれませんが、記事としてUPしておきます(少々長文です)。

「マネジメントとは」と大上段に振りかぶって定義しようとすると、実は難しいテーマです。

マネジメントが必要な組織とか機構がなければマネジメントそのものが存在しない(不要)となります。そこで一般的な会社組織でかつ緊急時ではない場合に限定しておくことにします。

まず、マネジメントという言葉は日本語としても定着していますが、日本語にはなかった言葉です。近い言葉は「管理」「指揮」などの言葉が上げられます。「マネジャー=管理者」という感じで使われていることから明らかでしょう。旧来の日本文化にはフィットしづらい単語なのかもしれません。また、コントロールという言葉も近いところであるのかもしれません・・・

マネジメントを英語で書くと MANAGEMENT これは MAN AGEMENT となります。

ここからが独断的な部分ですが(笑)

つまり、「人が大人(おとな)になる」 「人を大人(おとな)にする」という事かもしれません。

とすれば、「大人」って??となります。

「自分のことは自分でできる」「自己責任で仕事をする」「他人と協力をする」などが入るのでしょう。

マネジメントは2つの要素をマネージする必要があります。

それは「人」と「仕事」です。

人をマネージするのは「教育」です。

仕事をマネージするのが「管理」です。

つまり、マネジメントの本質は

「人(部下?)が大人になるように教育し、仕事が適切に処理されるよう大人が援助すること」いえるでしょう。

教育の本質についてはこちらを参考にして下さい。

仕事をマネージ(管理)するのは基本的に「納期管理」と仕事の「品質管理」です。納期ない仕事はありません。もちろん更に詳細があります。このテーマについては別のエントリーにてUPします。

人をマネージ(教育)するのも同様に「期日」と「大人度」です。人事評価制度・教育制度・賃金制度がリンクした組織ならこの辺りはキャリアパスとしてイメージされているかも知れません。しかし、多くの場合「期日」も「おとな度」も曖昧かもしれません。そもそも明確できるテーマではない要素も多いです。「テクニカルスキル」だけではなく「ヒューマンスキル」「コンセプチャルスキル」と測定しにくいスキルの集合体を扱うこと、人格などの要素も組み込まれているテーマです。

しかし、そうであってもマネジメントの「必須項目」であることには変わりません。

この辺りがスッキリすると「働きがい」があり「働きやすい」組織となるはずです。

ところで、読者の皆様の「おとな度」は

マネジメントとは

「人(部下?)が大人になるように教育し、仕事が適切に処理されるよう大人が援助すること」

なのです。どうですか?

現在「おとな度測定法」を開発中です。楽しみにしててください。

(誰か測定システムを作ってくれないかな・・・笑)

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学欲?

On 2009年10月13日, in 6.空のつぶやき?, by hirotamaki

学力について考えてみた。(受験生を持つ親として?)

学力を数値化(主にテスト)する必要性、あるいはその数値で測定した結果を「評価」として使うことの価値を考えてみただけではあるが・・・

学力ってどんな「チカラ」なのか?

身体機能の握力とか、脚力と同じように「チカラ」の数値化をする必要があるのだろうか?またはできるのだろうか?あるいは、機械性能やその他のモノの「○○力」と同じように数値化する必要があるのだろうか?・・・

学校教育などの基本は「人として成長」するよう設計されているのか?(そうであって欲しいが・・・)

学力テスト等「試験」は概ね「知識力」であり学力というより「暗記力」のような気がする。

論理的に「考える」といっても論理を支える知識が必要なのは明白だ。とすると学力という言葉はどうも不適切で、試験日までの教育の結果、すなわち「知識蓄積量」の測定をしているだけではないのか?

学力とはそもそも「学ぶチカラ」なのでは?更に踏み込んで表現をすれば、「学びたい」この気持ちの強さが「学力」ではないのか?とすれば、数値化するのはナンセンスでは?更にその数値を「チカラ」として序列をつけているのは滑稽だ。また他人と比べる必要もないだろう。完璧には 同じと 言えないが、「食欲」「睡眠欲」「性欲」と似たようなものだ。 むしろ生理的欲求に近い・・・「まさか点数化して比較したり序列をつけたりはしないだろう(笑)

現在の義務教育現場はよく知らないが、「生徒だった」自分の経験からすると、

「より上手く生活できるように」という教育だったようだ・・・

本来は「よりよく生きるように」ではないだろうか?

親としてわが身を省みるなら、

「成績が悪くても、役に立つ人となれ」

「主体的であれば何をしてもOK、何をしなくてもOK」

と子供達に伝えている。果たしてどうなることやら・・・

ただ、逆説的な表現になるが、その結果現在の私が居るのだからなんとも言いがたい(笑)

「学欲」さえあれば、いついかなる場合でも学べる。

「万象ことごとく師なり」といったところか?

こちらも関連するかな?

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随分と手垢の付いた表現です。しかし、何年も同じ組織形態で経営している会社がいかに多いことか・・・・

決して悪いわけではありません、しかし、変化がこれだけ激しい時代において、「目的」そのものは変化させなくても、「手段である組織は変化して当然」ではないでしょうか??

もちろん目的と目標は違います。イメージやビジョンと表現されるものとも違います。

自社は「何の為に存在しているのか?」この問いかけを再度 社長であるあなたは自問してみるのいいかもしれません。日々の業務に追われている社長を見かけます。その仕事が「目的」を志向しているのであればOkでしょう。従業員も同じ目的を持っているなら更に好ましいことです。

起業当初は自分や家族、気心の知れた仲間とともにスタートし、1人で全てを実施する仕事ぶりだったのでは?営業もやれば、経理もやる、もちろん人事は当たり前、同業者の交流・・・まさに多能な人物として動き出したのかもしれません。しかし、従業員が少し増え、組織ができてくると、役割の分担がなされ、それぞれ専門職になっていくわけです。

小さい組織はその上位にある大きな組織を支える組織になっているはずです。

では、(組織)全体の目的はなんでしょう??

その目的を達成するために最適な組織になっているかチェックしてみましょう。

もしかしたら、目的そのものが曖昧になっているかもしれません・・・

「何を行うのか?」を問うだけではなく

「何故それを行うのか?」を明確にしておくのが更に重要かもしれませんね。

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不確かな時代の経営戦略

On 2009年10月8日, in 1.仕事・企画・戦略, by hirotamaki

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将来を展望し、自社の戦略を立案する。

現状のリソースを評価して自社の戦術を考察する。

しかし、結果は必ずしも想定通りとはならない。期待以上のケースも有れば、以下のケースもある。

今までも「確かな時代」があったかどうか甚だ疑問、そもそも「確かな予測」という言葉そのものがおかしな表現です(笑)、今までもなんとなく想像していたに過ぎなかったのかもしれませんね・・・

しかし、今後の経済観環境は今まで以上に予測しにくいと感じているのではないでしょうか?

こんな時の基本は「積極的に攻める」ではなく、「積極的に待つ」という言葉がフィットするかもしれません。

手をこまねいて待っているのは論外だとしても、大胆に攻めるにもリスクが大きいでしょう?

戦略的には、(事業ドメインが 明確ならば)そのフリンジ領域に「小さくても付加価値源」があるのでは?

戦術的には「組織のフレキシビリティー強化」が必須でしょう。不測の事態に対応できる「構え」と「仕組み」を作り上げておけばリスクヘッジになると思われます。

(企業ごとに個別テーマになるので)にここでは具体的な提案ができませんが、「将来の自社のポジション」を業界内で優位におくための最低限の施策を打ち出しておくことが重要です。

勝ち残る事と、生き延びる事 は区別しましょう。

少しでもいいですから「新しい何か」を実施することが大切でしょう。

企業は永続的に存在する仕組みでなければならないのですから。。。

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投げメール

On 2009年10月7日, in 1.仕事・企画・戦略, 2.便利かも?, by hirotamaki


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「メールを送る」事を「メール投げる」と表現している方も少なからずいる。今回はそのような人向けの機能です。(爆)冗談です。

このたびCEATEC JAPAN 2009発表された中で注目されたのはこれでしょう。。。投げメール、実際は相手に向かって「投げる動作」をすればメールが届く!!

他にも眼球の電位を利用して、音量調整するとか!!かなり進歩的な?デバイス機能が登場してます。

他にも、イノベーションを感じさせる技術がちらほらと見受けられます。

少々話は変わります(仕事的になりますが)、今や、携帯電話は「パーソナルライフライン」もちろんビジネスでもフル活用されているアイテム。これは強固な「インフラ」、そして「媒体」として機能してるので、経営的な観点なら、このインフラ上で何ができるのか、あるいはこの媒体で何ができるのか?は重要なテーマ。PCが小型軽量になり、ネットにアクセスできる環境が整備されてきているといっても、やっぱり携帯電話と争うのは間違い?携帯は携帯でのマーケティングが必要だし、PCはPCベースでのマーケティング必要だ。

どちらも、パーソナル「ビュワー」だと考えればよい。後はデバイス特性に合わせたコンテンツが魅力的かどうかだけだ。これほどまでに「個人」に密着している媒体は未だかつてなかったわけだし、デバイスの機能も各段にアップしてる現在だからこそできるビジネスも無限に考えられそうだ。。。

「企業は環境適応業である」

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”Dream as if you’ll live forever. Live as if you’ll die today.”
「永遠に生きるがごとく夢を見よ!! 今日死ぬがごとく生きよ!!」

・・・・James Dean

本当に こんな風に生きてる人がいます。

もしかしたらあなたのすぐそばにいるかも知れません?

前半の「夢を見る」のはなんとなくできてても、後半の「生きる」ところはどうかなぁ・・・

過去にも同じ記事を書いてますが、思い出したのでも再UPしておきます。

元気出そうぜ

みんな!!(爆)


「メアリー・オノプチェンコ ~葛藤~」

笑うことは 愚かに見られる危険を冒すこと

泣くことは 感傷的に見られる危険を冒すこと

人とふれあうことは かかわりあう危険を冒すこと

気持ちをさらけ出すことは 拒絶される危険を冒すこと

人前で自分の愛を語ることは 嘲笑される危険を冒すこと

愛することは 愛されないという危険を冒すこと

圧倒的な不利を承知で前進することは 失敗の危険を冒すこと

しかし冒険せねばならない なぜなら人生最大の危害は

何の危険も冒さないことにあるからだ

何の冒険もしない人は 何もしない 何もない 何でもない

苦難と悲しみからは逃れるかもしれないが

学ぶことも 感じることも 変わることも

成長することも 愛することもできない

自分の確信に縛られて奴隷になっている

自分の自由を失ってしまったのだ

冒険する人のみが自由なのだ

―保証ではなくチャンスを探せ

―人生はどうあったかではなく、これから何がおこるかである

―人生は旅であって目的地ではない

―欲しい状態を手にするには現状を手放さなければならない

―依存は相互同意による奴隷制だ

―矛盾―安定の欲求を手放せば安定を得る

―人生をそっとしのび足で歩いて、安全に死に到達しようとする人がいる

―先延ばしにする癖は、ほとんどの人が直すのを引きのばす欠点だ

―敵が欲しければ、誰かを変えようとすればいい

―成功とは、もう一度立ち上がることだ

―望むのは、本当に手にする意思のあるものにせよ

―問題から逃れる最善の方法は、それを解決することだ

今日が地球で生きる最後の日であるかのように生きよ

いつの日か そうなる!

この詩は、メアリー・オノプチェンコが時ならぬ死を迎えた夜、-1988年9月9日-彼女の財布から見つかったものです。彼女の兄弟であるアレックスが埋葬の日、彼女に代わってこれを読みました。

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