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アップルのスティーブ・ジョブズが健康上の問題から休職というニュース

Apple Media Advisory

Apple CEO Steve Jobs today sent the following email to all Apple employees:

Team,

At my request, the board of directors has granted me a medical leave of absence so I can focus on my health. I will continue as CEO and be involved in major strategic decisions for the company.

I have asked Tim Cook to be responsible for all of Apple’s day to day operations. I have great confidence that Tim and the rest of the executive management team will do a terrific job executing the exciting plans we have in place for 2011.

I love Apple so much and hope to be back as soon as I can. In the meantime, my family and I would deeply appreciate respect for our privacy.

Steve

私がアップルで触れた(高くて買えなかったw)マシンの最初がこれです(どうでもいいですけど)。

Lisa (コンピュータ) – Wikipedia

Lisa(リサ)は、1983年にアップルコンピュータが製造・販売したオフィス向け16ビットパーソナルコンピュータである。

ジョブズがジョン・スカリーを口説いたのも凄いことだと思います。

ジョン・スカリー – Wikipedia

アップルコンピュータの社長を探していた創業者のスティーブ・ジョブズは、当時ペプシコーラの事業担当社長をしていたスカリーに白羽の矢を立て、18ヶ月に渡って引き抜き工作を行った。この時スカリーを口説くために彼が述べた言葉、「このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかみたいか。」(Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world? )は有名である。

前置きが長くなりまが、ジョブズの人生が波乱に満ちたものであることは誰もが知ることでしょう。彼は単なる起業家ではではなく、多くの人に影響を与える「カリスマ性」を持っているところが凄いのだと思います。

起業家、事業家、経営者なら山ほどいます。日本にも多くいます。しかし、休職するからと言って世界中の人が?関心を寄せる経営者はほとんどいないのでは?もちろん「ワンマン経営者」と言ってしまえばそれまでですが、ジョブズのカリスマ性が魅力だからでしょう。

カリスマ的影響力の本質は一体なんなのか?

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チョット否定的な感じで気になる記事があったので書いておきます。

東大ブランドは世界には通用しない:日経ビジネスオンライン

日本ではダントツのブランドを誇る東京大学。国内では就活における認知度をはじめとするあらゆる分野で圧倒的な勝ち組だ。しかし、世界は広い。グローバル化が進展し、同時に日本の地盤沈下が続く中、日本の頂点にあるからといって、今後の成功は安易には約束されない。

まぁ、学者というか役人っぽい記事ですね。日経ビジネスオンラインですから、読者も「そういう人」が多いのかも知れません。

で、この記事を目にしたときに「?」と思ったので、とりあえず、備忘録としてtumblrにコメント付きで私が記したのが以下です。

kuuの気まぐれ, 日本ではダントツのブランドを誇る東京大学。国内では就活における認知度をはじめとするあらゆる分野で圧倒的…

大学のブランド引っ張り出して「成功」を語る日本的な記事だと思う。

そもそもこの記事は誰に向けて書いて言るんだ? 受験対象の若い人だとしたら、「東大合格楽勝」の人、だとしたらほとんど殆どの人は対象外。 現役の大学生だとしてもほとんど対象外。

更に言えば、どの分野で成功するのか知らないけど、世界中の(あるいは歴史上の)成功者の学歴を調べてみるといい。 昔、なんかの本で読んだが(タイトルは失念:だから不確かなことは認めるw)100億円以上の資産家と言われる人の60%はろくに字も書けないらしい、要は学歴は関係ないのではないかなぁ?

日本の「学歴社会」と言われるお馬鹿な思考がこんな記事に現れるのではないか?

ビジネスマンとしての成功なら断言できる。学歴は関係ない。 要は「実力」なんです。世界で通用する実力があればなんとでもなる。 飲食の巨大チェーン、アパレルの巨大チェーン、その他何でもいいけど「学歴が関係するビジネス」なんてある筈ない。 更にアートとかスポーツの分野、あるいは社会貢献とかボランティアの分野なんて「学歴」とかいってるやつは居ないでしょう?

「学歴が関係するのは」学者の世界ぐらいじゃないか? それと日本の大企業と、官僚の分野ねw ココは学歴は関係するみたいだ! あっ!そうかこのお馬鹿な日経の記事はこういう分野に進む人向けに書かれているのか!


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昨日は成人の日。124万人のかたが成人となったようですね。おめでとうございます。ちなみに私が成人した年はこんな感じでしたw

人口としては148万人、今年より多いです。俗にいう団塊の世代の少し後を生きてるオッサンです。少し前にロッキード事件があり、当時も金権政治と言われてました。浅間山荘の事件なども記憶してます。ディスコが全盛期、暴走族なんかもガンガン走っていた時代です。ブロック崩し、スペースインベーダー、パックマン、ギャラクシアンなどのテーブルゲームが流行り、100円玉をつぎ込んでいました。

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歴史?

On 2010年12月22日, in 3.人生・問いかけ, 6.空のつぶやき?, by kuu

年末だし少し振り返りをしました。

ここまで昔に遡る必要なんてないですw、しかし、たまには大きく振り返るのも悪くはないでしょう?私たちが日常的に「現実と解釈している」のは、起きているであろう「事実のほんの少しを認識して切り取っている」に過ぎません。過去の事は記憶として保管されているのかも知れませんが、記憶は全て「歪曲、削除、一般化」され現在の行為に影響を及ぼしています。悲しい出来事、楽しい出来事と振り返る時の感情すら記憶でしかない訳です。その時の感情が「今」蘇る体験は誰でもで来ますが、出来事に対して「悲しい」とか「楽しい」という意味(価値)をつけたのは自分であることに気がつくでしょう。ww2を体験した人は「悲しい」と感じるかも知れませんが、私は「悲しいだろうなぁ・・と共感はできます」が悲しいと感じることとは違います。しかし、「ww2」は歴史上起きた事実です。

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桜小学生、中学生、高校生、大学生・・・・卒業のシーズンですね。我が家も3人が同時です。と言っても長女は早めに学業を修了しています。まずは皆様おめでとうございます。4月からは新しいステージで学業に励んで下さい。

さて、既に社会人にとっては年度末という時期にあたり、人事異動等もある会社が多いかも知れません。しかし中小企業なの場合どちらかと言えばそれほど大掛かりな移動や昇進昇格もないでしょう。昨今の不景気から新人の採用も見送ってる会社も多いと聞きます。つまり組織の変化がないのが実態かもしれませんね?経営者ならなおさら、特に「卒業」という概念は希薄でしょう。せいぜい「引退」程度でしょうか?

社会人になると、「今年から○○を習う」とか「今年から○○が始まる」といったカリキュラムがあまりないと思います。メリハリが少ないといっても良いでしょう。だからこそ、「自分で計画的に○○を身につける」とか「○○を達成する」といった個人的な目標の設定やビジョンの設計をしておく必要があるでしょう。もしなければ。「なんとなく繰り返しているだけの1年」となってしまいます。決して悪いことではありませんが「進展した」「成長した」といった実感が持てないのはもったいないでしょう?ここでのポイントは「成長を主体的に計画化する」ことです。誰かの「依頼」によって何かを達成することはあるかも知れませんが、それでは「あなたらしさ」がなくなってしまうかも?あくまでも自分の意思で「進む事」をお勧めします。社会人になると「進級とか進学」といった自動的に進んでいくシステムがあまりありません。些細なことでも、プライベートなテーマでも何でも良いと思います。是非「個人的にテーマを掲げ、ゴールを設定」してみましょう。きっと来年の春には嬉しい瞬間が待ち受けていることでしょう・・・

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お休みっぽいエントリーです(w)おまけに反体制的か?

とりあえず下記のツブヤキを御覧下さい。


浪費するのを楽しんだ時間は、浪費された時間ではない。─バートランド・ラッセル(英 数学者)

浪費するのを楽しんだ時間は、浪費された時間ではない。(天下のプー太郎)

・・・同じ言葉でも違いがある。「背景の主張」とはこういう事です。Fri Feb 19 07:47:02 via Power Twitter

アスリートの条件に「強い」だけではなく「爽やかさ」とか「品格」とかを要求されてる。良識とか常識という「背景」が主張し、本来の「前景」が小さく扱われるのは仕方ないのか?Fri Feb 19 07:39:03 via Power Twitter

オリンピックで国母選手の服装について色々騒がしい。(服装に関してコメントするつもりはないです。というよりそんなことはどうでもいいです。)

しかし、川口「引退してもそばに」/フィギュア – バンクーバー五輪 フィギュア : nikkansports.com

五輪出場のため国籍を変更し、ロシア代表となったフィギュアスケート・ペアの川口悠子(28)

のように、今や、「国」の代表というより「個人」の意向で参加してる人達も多いのではないかな?まぁ、歴史ある国際的大イベントですから何かと事情もあるでしょう。またお金もかかるし、ここまで作り上げてきた(貢献してきた)方々に対する敬意や感謝も大切かと思います。

個人的に、好きなゴルフ業界ではスーパースター”タイガー・ウッズ”の扱いもおかしいと思う。

同時に横綱”朝青龍”の扱いも・・・

若い人達(特にトップアスリートや才能豊かなタレント)に対して、「彼/彼女達の才能を純粋に見極めるだけではなく、常識とか良識とセットでオジサン達がごちゃごちゃいう」のはどうかな?この場合、若い人達にとっては当然「古い常識」であって、もしかしたら堅苦しいかも知れないし、価値観が合わないのでは?

だいたい、子どもの頃「得意科目が主要5科目」以外、つまり体育、音楽、美術みたいな分野を得意とする友達は主要5科目じゃないから、「勉強のできない奴だけど面白い、とか凄い」と評価される。そしてその才能を開花させ、一流のアスリートとして、あるいは役者、ミュージシャンという「個人で勝負」してる人達でしょう。もちろん中には生徒会長やったり文武両道の人もいるとは思いますが・・・

このような若い才能を「受け入れる器としてしての社会」であって欲しい、また同時に「若い人達には大いに自分の才能を開花させ新しい常識を作って欲しい」もしこれができないなら、ツマラン奴しかいない(品行方正で生真面目な人達?)規格化されたツマラン社会になってしまう。

私個人としては「自分の信念を貫いて、ツッパって生きる人達を応援したい」それがたとえ大多数の大人が苦言を呈していようとも・・・

ただし、覚悟は必要です。開花できないと、貧乏かも知れないし、誰からも相手にされないかも知れないです(私のように:爆)

それでも「自分に正直に生きてきた経験が手に入ります」(経験者談)

こちらも参考になるかな?「大人って」

古いですが、こちらも参考にして下さい

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このエントリーは前回のエントリーの続きです。友人から、「で、一体どうするの?」って言われたので、もう少し具体的に妄想しておくことにします。本来的には資本主義経済社会そのものを見直す必要があるかも知れませんが、流石にそんなこと考えてもこの馬鹿頭では無理がありますので、多くの国が向かっていくであろうと思われる「主義」をそのまま踏襲しておきます。

しかしながら、モノの移動や加工、販売だけではないので、まだ「優しい国」として存在出来る可能性があるでしょう。そのためには、とても面倒なことに「国」という概念を少々見直す必要があります。大方、国とは「国境で閉じられているエリア」がイメージとしてありますが、これが、実は利権や価値を持っている事が面倒を引き起こしているのではないかと・・・つまり資源であるとか、気候的な理由によって「恵まれている」エリアとそうでないエリアがあるのです。それゆえに「恵まれているエリアを手に入れたいと」どの国も思っているのかも知れません。侵略戦争等は典型です。戦争は方法として認められる事はありえないので、「経済的関係性によって国が結びつく」ことになります。もちろん軍事力もその背景には存在し、影響を与えていることでしょう。で、バランスをとって仲良くしたり、ちょっと距離をおいたりする。(「人間関係」とあまり変わらないかも?)単純にかつ大胆にまとめてしまえば「損得」でつながる取引です。

で、この「損得」を「尊徳」に置き換えて(言葉遊びですが:笑)「日本国」が範を示すというアイディアです。ここで極めて重要なポイントは「尊徳」は押し付けるものではなく、「相手が受け取ってくれる」のを待つしかありません。だからこそ「優しい国」になるのですけど・・・

前提は前回のエントリーにある人口ピラミッドですから、近い将来、高齢国家として存在しなければならない宿命だとすれば、「若い国」に道を譲る(リーダーシップを発揮してもらう)のが良いかと思います。

で、何をするかといえば「教育」です。我が国には比較的長い歴史もあり、島国であったが故に「他国からの文化を取り入れ、融合させるスキルが高い?国民性」が保たれています。また、WW2で原爆を2つも貰っていながら、当時敵国であったアメリカとも仲良くできる「寛容」な精神すら持ち得ているのかも知れません(実際は諦めたのか、悟ったのか?)。更には鎖国していたので、急激な近代化を経験しています。そして経済大国になっているわけです。ほんの30年ほど前には「エコノミックアニマル」とまで言われたのを記憶しています。良し悪しや正義や主義主張を考察するつもりはありませんので、ここではこれぐらいにしておいて、優しい国として、「教育」による「貢献」を行うことは可能だろうと考えています。

もう一度、妄想のあらすじをまとめておくと、まずは日本は「高齢国家」になるので「優先席」を用意してくれと世界に訴えるのです。その代わり我々はもう争うこと(取引)はしません、しかし「教育は貢献としてお手伝いさせていただきましょう」って感じでしょうか?

で、何を教育をするかですが、「日本語」を教えるのです。もちろん「日本語で経済社会の発展に寄与する内容を」です。これが受け入れるかどうかは甚だ疑問ですし、とても困難かも知れません。当然いくつかのオプションを用意しておく必要があるでしょう。この辺は更に「具体的妄想」を必要とするところです(w)。おまけに「尊徳」ですから我慢強く待つ必要があるでしょう。更には使い捨てになる可能性すらあります。だからこそ取引の「損得」ではないのです。

親が子供を教育する感覚に近いかもしれません、私たちは子どもに教育するとき「損得」ではないはずですね、受け入れてくれるかどうかは別にして「出来る限りのこと」をしているのではないでしょうか?もしかしたら年寄りの生きてきた中に「生きてきたことそのもの」が役に立つことがあります。もちろん、スキルとか昔はこうだったとかはどうでも良くて(というより最先端を若者が選びとれば良いのであって)、歳を重ねなければワカラナイ体験があります「死に立ち会う」とか「身体が老いてくる」とか・・・「国としても同じ様に考察しても良いのかも知れません」例えが違いすぎるかも知れませんが、イメージとして捉えられるかと思います。

で、この記事の最初にあるの「国」の概念を少々見直す必要があるのです。国境に括られたエリアではなく、「日本人的価値共有」として国を捉える感覚でしょうか?もちろん諸々の便利性がありますので現在の国境や一般的な「国」の定義は残しておいてもあまり不都合はないでしょう。国を作りたかったと言われているユダヤ人達と逆で、「国」を曖昧にして「国的」な共感、あるいは共有価値を形成しておきましょうという「妄想」です。現在は英語圏の支配が強ういのかも知れませし、既にこのモデルで世界のバランスがかろうじて維持されているように見受けられますが、近い将来日本は「年寄りの国」になるのであれば、あまり仲良くしてもらえないかも知れません。単純なことですが「若い人が少ない」のは取引条件(市場)としては優位に働かない気がします。だからこそ「宣言」しておくのです。「新しいモデルとして世界に宣言」しておくことが「国」を維持するために重要です。宣言するのがとても下手なのが日本(人)だと思います。が国際基準?にしたがった方がわかりやすいので「先ず宣言」それでいて見返りを期待しない「教育」をさせていただくので「そこんとこ宜しく」と日本人的に振舞うのがスタートでしょうか?

妄想する馬鹿頭が疲れてきたのでこの記事はここまでで・・・お付き合いありがとうございました。

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最近、Twitterで短いコメントばかりしているので少し長めの文書を書いてみようと思う。テーマも妄想しやすいように「これからの日本を考察」する事にしておこう(w)

結論から先に記載しておくと

優先席を用意して下さい!!と世界に訴える」みたいな感じ。

要求するだけじゃ多分通用しないので、条件として

「年寄りは優しく生きてますから、どうか若い人達で好きにやって下さい。必要なら協力します。」

といったところか?

根拠としてはこちらの人口ピラミットだけです(笑)

これだけでエントリーが終わるとTWと同レベルなので、屁理屈をもう少しごちゃごちゃ書いておきます。

●将来は予想通りにならないことが多い

景気がよくなるとか、環境がどうこうとか、世界全体で見ると何がどうなるかはかなり不確定であることは否めない。おまけに今日までに試行錯誤して来た結果がここに現実として起きているのである。あらゆる分野で「全員参加の結果が今日の現実」とするなら、比較的確かそうな将来とは上記の人口の推移ぐらいかも知れない・・・ちなみに先進国でこのような形になる国は日本だけである事は見逃せない。もちろんこの人口推移とて「疫病」や「戦争」などの出来事で変化する可能性はありますが・・・

●今まではキャッチアップ指向でどうにかなった

別に戦後というだけではなく、かなり古くから日本は「文化として」あるいは「国民性として」、他国にキャッチアップすることで国の体裁を整えてきています。古くは中華圏、近代では西欧ということになるのかも知れませんが、いつの時代も「どこかに答になるモデル」あるいは「見本」が存在していたのです。しかし年寄り国は真っ先に日本が経験するので「答になるモデル」が存在しない。

●非常にユニークな成長?をしてきたので見本がない

にもかかわらず、「○○ではこうやって上手くいってる」「過去はこうやって上手くいった」と学者や有識者達がそれっぽく語っている。他国であれ、過去であれ、「見本探し」をしてるようでは「前例のない出来事」に対応出来ないでしょう?

ちなみに、このモデルは日本人全員に染み込んでいる可能性が高いので、「自分が何かの問題解決」をしようとする場合「誰かの方法」を探すでしょう?外にモデルを探す人になります。で「どうしたらよいか?」と尋ねるわけです。「モデル探索型」なのです、ものすごく効率的だし、楽です。しかし「モデル創造型」ではないので「どう在ればよいか?」となると思考停止になる人が多いのでは?悪いことではないですが、今、世界の中の日本に求められているのは、「将来どう在るべきか」を問われているいるのではないでしょうか?

だからこそ「老化先進国」としての生き方見本を世界に向けて提示する必要があるのではないでしょうか?

どこの国も経験してないのですから「問題を先取りした解決策として日本が示すしかない」でしょう?

とまぁこんな感じです。で「優しい国、日本」をコンセプトにしてすべての設計をするとどうなるか?

は一気に書けるほど簡単ではないので、というよりまともに書こうとすら思わないし(笑)、あまりにも分野が広すぎるので別の機会に気が向いたら書くことにします。

やっぱり文章吐き出し能力が衰えてきた気がする。twitter恐るべし(爆)

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