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2008年06月26日

タイガー・ウッズ 手術成功

全米openでプレイオフの末優勝を果たしたタイガー・ウッズ 、多くのゴルフファンに感動を与えたこと事は記憶に新しい・・・その感動は彼の強靭な精神力なのか?

彼の生き方が多くの人を魅了してやまない。ゴルフ業界、あるいはスポーツ業界にとどまらず、ひとりの人物が社会に存在する意義はとてつもなく大きい。 

男子ゴルフのタイガー・ウッズ(米国)が24日(日本時間25日)、米ユタ州の病院で、断裂している左ひざ前十字靱帯(じんたい)の修復手術を受けた。担当医は「結果に満足している。適切なリハビリとトレーニングを積めば、ウッズは今後も長く活躍できるだろう」とコメントした。

ウッズは4月にも左ひざ手術を受け、今月の全米オープンを制覇。その後、左ひざの治療に専念するため今季の残り試合をすべて欠場することを表明していた。

ウッズの左ひざ再手術成功 - ゴルフニュース : nikkansports.comより引用】

 

良い知らせで良かったと思う。

 

今、自分のできることを最大限に・・・・最高最大の生き方を!BESTMAX

どんな分野でも誰にでもできること、きっと後悔はしないだろう・・・

No matter how good you get you can always get better and that's the exciting part.

Tiger Woods

どれだけあなたが上手くなっても、常に上手くなる余地はあり、それが面白いところなのです。

タイガー・ウッズ

 

こちらは2006年の全英open・・・http://blog-de-katari.seesaa.net/article/57645476.html

 

 

 

 

2008年04月25日

連休に何をするかな・・

GWは一般的に気候の穏やかさもあって、外出する人がおおい、行楽地は沢山の人で賑わうことだろう。高速道路も気が遠くなるほどの渋滞がおきる。

もし出かけないなら、仕事を離れてゆっくりと時間を過ごせる可能性がある。(休日仕事の人は無理か?仕事をしていない人はどうかな?主婦の方は休みは余計に大変かもしれない?) 

もし、時間があるなら、瞑想することをお勧めする。静かに自分自身と向き合うだけでも良い。

私達は、意識的にあるいは無意識に自分自身の生き方を決めているはずだ、長い年月が経過するとチョットした決断が大きな変化をもたらした事もあるだろう。しかし、過去に戻ることができない、その時その時はベストな判断をし生きてきたと解釈したほうが良い気がする。しかし、GWや正月など、多少時間があるときに自己の確認をしておくほうが、もしかしたら、先々役に立つかもしれない。さもないと、自己喪失感で人生そのものを無駄に感じてしまう危険性がある。日々の業務で忙しい経営者や管理者はなおさらだ。

自分の内面をゆっくり眺めると、もしかしたら、

「こんな風に生きたいと思う自分」

に出会う可能性がある。いまだ実現していない「生き方」なのだろう・・・

その先に「でも、むりだな。。。」と諦めの気持ちが持ち上がることもあるだろう。しかし、「本当の自分?」を大切にすることは悪いことではなかろう。実現するかどうかは自分次第なのだから・・・

もちろん反社会的な生き方は論外として、「内側で発見できた生き方」が自分にとって最高のものであり、社会にとっても有益であるなら、そこに向かって「何かことを起こせばよい」だけだ。価値があると思うことを実現するのに何の躊躇が必要なのか?些細なことでも一つ一つ実現していくことで、「真に在りたい自分」だけが残されるだろう。人生は長いようで短いかもしれない?思い通りにい生きたいなら、「思った時」に「思った通り」に生きることを実践してみてはどうか?

幸い既に実現しているなら、「そのこと」に感謝することができるはずだ、もしまだなら、「そこ」に向かえる環境と己に感謝することができるだろう。

常に最良の人生を生きるために、常に最良の一日を過ごす必要がる。

「最良」は「最悪」と比較されるのではなく「良」と比較される、

「決して悪いわけではない」この微妙な違いの積み重ねが、重大な違いになってしまう。

Let's enjoy our lives! 

※写真はあまり注目されない春の「もみじ」。。。秋になれば誰もが「紅葉」を楽しむのだが・・・ 

 こちらは昨年のもみじ

 

2008年02月13日

影響力:リーダーとは?

中村寅吉氏が死去・・・ご冥福をお祈りいたします。

 

2008年02月12日 

1957年のカナダカップ(現ワールドカップ、埼玉・霞ヶ関CC)で優勝するなど通算36勝(公式戦17勝)を挙げ、引退後も指導者として多くのプロを育て日本プロゴルフ界の発展に寄与してきた中村寅吉氏が11日午後4時15分、老衰のため神奈川県の病院で逝去された。92歳。慎んでお悔やみを申し上げます。

社団法人 日本プロゴルフ協会より引用】
 

 

ゴルフを8年前にはじめて、今ではどっぷり嵌っている。ゴルフの歴史は諸説あるものの100年超える程度の歴史といわれている。最もさらに昔、似たような遊びがあったとしてもおかしくない。

 日本ではちょいと変わった導入をされてきたのかと思う節がいくつかあるが、このエントリーには関係ないので触れないでおこう・・・

まだ、戦後間もないころ、中村氏をはじめ、それこそゴルフを根付かせる活動があったはずです。今日のゴルフ業界の基盤を作ったといっても過言ではないだろう。たった一人とは言わないまでも、その先に大きな変化を創り出すことは偉業といえよう。

 仕事においても、生きることにおいても「影響力のある人」=「リーダーシップを発揮している人」といえる。

リーダーシップ論もたくさんあるが、一言で表現するなら「変化を創り出す人」につきる。

業界に変化をもたらす人、新しい価値創造ををする人・・表現に多少の違いはあるものの「何かにチャレンジする」とは変化そのものを生きている人に違いない。

ゴルフを楽しめるのも、中村氏のような大いなる野望をもち、変化を作り出したパイオニア的存在のおかげである。感謝!!

常に革新的に思考し活動したいものである。

2008年01月23日

人類が滅亡したら・・・

以前こんなエントリーもしていますが・・・

http://blog-de-katari.seesaa.net/article/57645538.html 

今回はもう少し、ビジュアル的には迫力がある。本来は娯楽映画的に楽しむべきテーマではないと思いますが、よくできています。

もちろん非常に示唆的であり 「生きる価値」あるいは「生きる意味」を考えさせてくれます。

参考までに・・・

http://www.history.com/minisites/life_after_people

 

 

人類が突然地球上から永久に消滅したら地球に一体何が起きるのか?生態系はどうなるのか?人類が築いてきた産業社会は残るのか、あるいは即座に粉々に崩壊していくのか?それらの疑問に対して一定の回答を見せてくれるのが、一日中、歴史関連や教養関連の番組を見ることができるアメリカのCATV「The History Channel」にて放送される「Life After People」という番組。

 

予告編の再生は以下から。

人類滅亡後の地球はどうなるのかを描いた「Life After People」 - GIGAZINEより引用】
 

 

気が遠くなるほどの長い時間を眺めながら、昨今の株式市場などの動きをウォッチしていると、資本主義システムの「歪み」を感じます、この番組は「欲望の極大化」の行き着く先なのか?

いずれにせよ 身近な出来事に一喜一憂して間に、自然の大きなうねりに飲み込まれるのかな? 

今日、首都圏は雪、暖冬だと思っていたので「寒さ」が身にしみる。

kanagawaCC.jpg

写真は神奈川県のゴルフ場・・・スキー場みたいです。 

2008年01月21日

世界一美しいプロゴルファー? アンナ・ロウソン

  (昨年の記事はこちらhttp://blog-de-katari.seesaa.net/article/57645612.html)

anna.JPG 昨年、この麗しきプロゴルファーにちょっと注目していたが、どうやら、今年は米女子ツアーに参戦するらしい。 楽しみな選手である。

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2008年は「世界一美しいプロ」アンナ・ロウソンに注目!

Qスクール18位で米ツアー参戦
先ごろ行われた、米女子ツアー2008年のクォリファイング・スクール。最終結果18位に「アンナ・ロウソン」の名前を発見! え、知らない? 彼女、絶対注目ですよ。 17歳でオーストラリアのファッション誌「Dolly」のコンテスト入賞をきっかけにモデルになり、現在も活躍中。アメリカでも「世界一美しいプロゴルファー」と言われているんです。来季は宮里藍や上田桃子の強力なライバルですね。

取材現場に突撃より引用】

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若い頃は、おじさんの道楽と決め付けて、興味もなかったが、今となっては「もっと早く始めておけば良かったかな・・」と思うほどである。

なんとく趣味で始めたゴルフだが、今ではゴルフを中心にスケジュールを組み立てているといわれてもおかしくない。

もちろん仕事を優先してはいるが、周囲からは必ずしもそう見られないのは、わからなくもない・・・

ゴルフというゲームには格言も非常に多く、多くの人が語るように「人生と重ねあわすことができる」


アマチュアのレジャーゴルフは一般に、4人一組でラウンドしているものの、各自は別のプレイをしている。

賞賛もあり、野次もある。

自己責任が基本となっているゲーム故、ミスショットしても「完全なる言い訳」のみがむなしく残される。 もちろん、数少ない、完璧なショットには「快感が褒美として手に入る」

シンプルなゲーム故に奥深い・・・「現実をみて、評価・判断をし、手段を選び、実行する」結果として「新しい現実が”すぐ目の前”に現れる」 ・・・より良い結果を求める。この欲求がある限り、悩み続けるのがゴルフなのか?「より遠くに、より近くに・・」

人の人生もこの繰り返しなのかもしれない。思考(空想?)している時間は「現実変化は何もない」

行動・実行した後、新しい現実が現れるだけだ。 

だからゴルフに夢中になるのかもしれないなぁ・・・

春が待ち遠しい。昨年は初めて70台でラウンドできたし、今年も自己ベストを更新したい。 

2008年01月10日

変化

prestage.jpg 変わろうとしているのか?

変えようとしているのか?

昨今変化だの変革だの「変わる」と言う言葉が多い気がする。

良し悪しの評価には時間が必要な事は言うまでもない。

しかし、元来「生きるとは変化そのもの」だとすると 我々はありがたく変化を楽しむ方が理にかなっているのかもしれない。

人間社会のルール、規則、制度などは概ね「変化しない価値観」を読み込んで策定されているのではないのか? そうでないと無限の方向性を含む必要がある。つまり無理だと言うことになる。人口統計など数学的に読み込める変化はさほど難しくは無い(それとて予想外の展開はありうるが・・・・)。しかしその時々に移ろう価値観は読み込むことは不可能だろう・・・

つまり、「大まかに把握できる範囲において、何となく推定できる期間だけに通用するかも知れない変革」 を謳うのがせいぜいである。それ以外は「変化する"リスク"」と捉えていえるのか?

推理小説なら面白おかしく展開を予想したり、どんでん返しを楽しんだりする事も可能だろうが、現実の社会での変化は生活に直結する。 明るみに出てきた様々な不祥事や事件と同じように「その場を凌げば何とかなる・・」的な変革ではいずれ鍍金がはげてしまうだろう。

一昔前の常識は今日通用しない・・つまり いつかまた今の常識やルールが通用しなくなるときがくる。

政治とか 経営とか 教育とか・・・全ての領域において 我々は日々変化しているわけだ。

変化を避けて通れないなら「積極的に”固定”を捨てる」この方が自然だし、主体的である。

富の固定化、既得権、格差の固定化・・・これらの変化は自ずから崩壊という変化が起こるかもしれない・・・なぜなら、これらに固執する人たちは”捨てる”勇気を持ち合わせていないだろうから・・・

 

現状に感謝しつつ

現状に拘ることなく

現状を変化させる

 

このプロセスこそが創造!

変化という果実を味わおう!!

2008年01月03日

りらっくす

せっかくの休日、世間から少し距離を置いて無為に過ごすことも良いかもしれない・・・

日当たりの良い部屋で、普段座らない場所に椅子を移動して空を眺めていると、冬の空の澄み切った感じがダイレクトに飛び込んでくる。

脇には子猫がまさに「無為」

小春日和は冬の言葉

穏やかな感覚と春の兆しがそこかしこに見え隠れしている。

庭の片隅には雑草が春を待ちわびるように小さいながらも逞しく芽をだし始めている・・・ 

瞑想的時間をすごしながら正月の一時を楽しむ。

来週は嫌でも「マインド」を使い世間のリズムに合わせながら生きていく必要がある。

 

ほんの一時でもこのような無為の時間を過ごす事を習慣にしておく事は大切だろう・・・
 

さもないとマインドを使うのではなく、逆にマインドに使われてしまう。

手や足と同じようにマインドも使いこなせるように・・・ 

 

2007年10月17日

目的か?手段か?

「仕事は何のためにするのか?」

この問いかけは誰しも一度ぐらいは聞いたことがあるでしょう?あるいは自問自答かもしれません。

「勉強は何のためにするのか?」も同様です。

当たり前ですが

「何のために?」⇒目的を探している問いかけです。

この状態のときはおそらく「仕事や勉強」に対して十分に動機付けされておらず、生産性は低いものとなっているはずです。あるいは「仕事や勉強」を中断しているかもしれません。

では

「仕事のために何をするのか?」 

似ていますがまったく違う問いかけです。

この場合

「仕事そのものが目的」になっている⇒手段を探しています。

つまり「仕事をする」が前提ですから活動的(中断していない)、もちろん手段が見つからなくて仕事が進まないことはありますが「何のために」という悩みとはまったく別次元だと考えられます。

 多くの経営者は後者の質問を常に問いかけていると感じます。もしこの問いかけを常にしているなら「経営者としてのマインドを持ち合わせている」といっても過言ではないでしょう。

更に大きなテーマとして「何のために生きるのか?」と「生きるために何をするのか?」 も同様に目的を探しているのか手段を探しているのか違いがあります。正解のない目的を探すより、さっさと手段を見つけるほうが「その時は」少なくとも活動的だといえるかもしれませんね?

もし何らかの停滞感を感じたら、"問いかけ方"を「目的を探す」のではなく「手段を探す」に変更すると活路が見えるかもしれません。