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モノ?

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特にECOなエントリーと言うことではなく、なんとなく「モノ」について考えたみた。と言っても常々そう思ってることなので個人的には新しい発見があるわけではない。ただ、このような(写真の)サイトを見ると物凄くはっきりと認識できる。

そもそも人が作った「モノ」はそれがどれほどの手間をかけて作られかどうかにかかわらず、いずれは「ゴミ」となる。天然のままの「モノ」木とか石とかをそのまま加工しているならゴミと表現できないかもしれないが、大方はゴミである。

そう考えると、我々は(経済社会は?)耐久年数が長いか短いかの違いこそあれ 、「いずれゴミとなるモノ」を「商品」と称して製造し、それを購入しているわけだ。身の回りにある「モノ」で例外はほとんどない。

もちろん、モノ 「自体の価値」より モノが「提供する価値」 にお金を支払っているのである。

(お金はその意味で特殊ではある)

自分にとって思い入れのあるモノでも、他人からみればガラクタと言うこともあるし・・・・

あらためて考えると「土地の値段」も概ね経済価値で評価されているので「極論すればゴミの価値」 なのか?田舎と言われる「豊かな自然に恵まれた土地」の方が安いのはありがたいのかも知れない。おそらく、健康的なライフスタイルだし、ゴミも少ないような気がするのは気のせいか?

まぁ「便利さ」という価値は少ないかもしれないが、十分に人生をエンジョイできるだろう・・・

便利さを手に入れるために、必死に仕事をして ゴミに囲まれた地価の高いエリアに住み、健康を害してしまっているとすればとても滑稽である。

本当に大切なのは「コト」として体験する。その体験のために 社会が機能するよう、グランドデザインを変更する賢人が現れない限り、「モノ」に囲まれたライフスタイルが続いてしまうのかなぁ・・・

 

 

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コメント

すみません。飲んだついでに書き込んでみます。橋本治と内田樹の対談本で、橋本さんが「すべての自然が失われた後の最後に残された自然が身体なのかもしれない」と言っていて、次に読んだ「高岡英夫は語るすべてはゆるむこと(松井浩)」で人の身体は物理と化学と哲学が詰まっているなどと言われ、kuuさんがゴルフに向かうことと私が太極拳に向き合うことは同じコトで、あー最後は身体なんだなと結構感動しております。

ゴルフの仮想敵国は自然であります故こちらもふにゃふにゃでいないとだめかもとか。

モノVSコトあるいは形VS意識、気意発動じゃもうだめで気動なのかも。酔っぱらいでした。コンビニ深夜バイト帰りの。また。改めまして。

ほしけんいち さん

色即是空
空即是色

同じことかも・・・

また。改めまして。

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